ファッション企業がつくる新たなオフィス空間 ―集い、ひらめき、クリエイションが共鳴する場―
ワールドグループの株式会社ワールドプラットフォームサービスは、BtoB事業として今春、オフィスの空間デザイン・施工を開始しました。アパレルメーカーが空間デザイン・施工までを行うのは稀有な事例で、今後あたらしい働き方の提案と共に広げていきます。
多くのブランド開発と出店で培った知見を活かしたファッション企業ならではの空間創造とそこに込めた想いとは。昨年12月にリニューアルをしたナルミヤ・インターナショナルのオフィスにて、石井社長とプロジェクト責任者 丹生氏にインタビューをしました。
――働き方改革と以前から言われ、コロナ禍も重なり、オフィスの在り方が変わる中で、リニューアルを決断された背景や目的をお教え頂けますか?
石井:リモートでどこでも仕事ができる中で、自分がどこに属しているのか、ナルミヤ・インターナショナル(以下 ナルミヤ)の一員であるロイヤリティみたいなものが、この場をベースに醸成できたらいいなと。一堂に会せ、自由に使える場が今こそ必要じゃないかと。
――社員のエンゲージメントに繋がる場ということでしょうか?
石井:社員同士はもちろん、取引先も含めたコミュニケーションで仕事は出来上がっていきます。何より僕らは“ファッション”ですから、創造性豊かに発想が広がるスペースを想定しました。ナルミヤは20を超えるブランドを有し、約200名がこの本部にいますが、部署を超えたコミュニケーションも進めたかった。複数のタイミングが重なり、丹生さんにお願いしました。
丹生:ちょうどワールドのオフィスが改装して、石井社長にご覧いただきました。コンセプトを考えるに当たって、海外の事例も含めオフィスの変遷を色々調べたのですね。そこでABW※という概念が出てきた。仕事が“いつでも、どこでも”できるからこそ必要なオフィスを創ろうと。
※ABW:Activity Based Working(アクティビティ・ベースド・ワーキング)。仕事を効率よく進められる場所を自らが選んで決められるワークスタイル。
丹生:コロナ禍の前から、コワーキングとかシェアオフィスとかフリーアドレスはいわれていました。でもコロナ禍で一気に「家」がベースになり、会社に行く理由が希薄になる中、出社した時に会社の一員だと感じる場所が必要だと考えました。
石井社長が仰っていた“集まる場所が欲しい”ということも踏まえ、単なる居心地だけでなく、ひとりひとりが場所を選べるスペースとして利用されてはと提案しました。執務室を含め1フロア900坪のとても広いオフィスで、そのうちの180坪がこのオフィスラウンジになっています。
――ABWの概念は海外から?
丹生:1990年代位にオランダのコンサルティング企業が考えたものなのですね。従業員満足度(ES)と、スペースも小さくできますから、企業の効率性を同時に叶えて、最終的には生産性が上がるモデルとして数百社で実験をした様です。業績や社員の満足度も上がったモデルですね。
――ワールドが改装した14F PARKをご覧になって、如何でしたか?
石井:「従業員満足」の一環として、分かりやすい形で会社の姿勢が出せていると感じました。
ワールドプラットフォームサービスが手掛けた、ワールド北青山ビル14階 PARK画像:ナカサアンドパートナーズ
■余裕や余白が、一層大事になってくる
石井:今はどこも効率や生産性をどんどん高めている。もちろん、放漫経営をしようなんて人はもういないし、タイトになっていくことは必要だけれども、一見無駄と思える様な、余裕というのか余白みたいなものが大切だと思うんです。
――無駄を省く一方、削ぎ落されるカルチャーもありますよね。
丹生:照明の例ですが、暗いものを照らすだけの直接的なタスク照明から、雰囲気を演出するアンビエント照明が重視されている。これは一例で、機能を求める一方で空間デザインの現場でも余白の重要性が高まっていると感じます。
石井:機能の話が出たので、何年前かな。1992~3年位に前社でブランドを立ち上げてなかなか軌道に乗らなかった時、当時の社長に「モード界の巨匠に弟子入りしてこい」と言われ、青山のマンションを訪ねたんです。そこで「ファッションビジネスは、今の時代の気分を洋服に取り込んでいく」ことを何度も教えられた。「今の若者の気分とパワーを石井君が感じないと」ともの凄く言われてね。トレンドとか皆共通の情報じゃ駄目で現場に行ってエネルギーを体感する。「今の気分」、抽象的だけれどもいい言葉だった。
丹生:いい言葉ですよね。リアルクロージングの世界ってやっぱり「今」で、捉えるには経験を体感的に持っていないと。
石井:今はネットの中に何でもあるでしょう?もう地球の端まで全部わかる様な。だけど何かこう表層的でね。だから新しいオフィスを通して、話したり、物を触ったりできる場が重要だと思います。
――社員が集い、会議のアジェンダ以外の会話で生まれる何かですね。
石井:タスクが引かれたものを、閉鎖的な事務所でやっていても既製品しか出来ないんです。誰かとやりとりをして、そこで触発されてハッと覚醒するような。
丹生:化学変化ですよね。
石井:そう、もちろん、どこに居てもパッとひらめく瞬間はあるけれど、このオフィスはそのきっかけでありたい。デジタルになればなるほど、その逆で土や木、自然の風、匂いみたいなものを大切に、植栽も多く取り入れました。
ナルミヤ・インターナショナル 石井社長丹生:グリーンは気持ちが良いですよね。花博など植物をテーマにしたものは動員数が圧倒的に多いらしいです。木があり、木の下に日陰ができ人が集まり、はじめてそこでマネタイズに繋がる。石井社長がナルミヤに色んなブランドがある中で、この場の目印になるものとして木を植えた。この木は石井社長が自ら選ばれました。
画像:ナカサアンドパートナーズ石井:空間や天井の高さに合わせて選びました。ここのところまた新芽が出てこの場に馴染んできてくれた様です。
■コンセプトは「ターミナル」。皆がどこに向かうかを明確にする場
丹生:この空間のコンセプトは「飛行場のターミナル」で、様々な役割で業務をされる方がいる中で、自分達のスペースと認識できる明確な動線にしました。空港って凄く分かりやすいですよね。取引先やメーカーさんとも一体となって、ナルミヤとして意思表明をする場として、動線をシンプルにするのが良いのではないかと。
ワールドプラットフォームサービス 丹生 氏■元々あった床材の再利用に加えて、複数のリサイクル素材も
丹生:設計は事業中心ですけれども、社会性や公共性も高めたかった。柱の一部は、火力発電所の石炭の灰や、コーヒーの廃棄豆から作られたケイミューという素材です。それから石井社長に「元々社内で使用していた床材を再利用して」と言われた床ですね。
石井:僕が2010年にナルミヤに来た時、社内に商談ルームが無くて驚いたんです。それぞれのデスクの近くで商談をしていた。それで商談ルームを作ることから始めた時の床材です。思い入れがあったので、使えるなら再利用してもらいたいと。でもこんなに綺麗に蘇るとは驚きました。
丹生:ムクノキは素材がいいから削れば蘇る。捨ててしまうなんて勿体ないですよ、まだまだ使えますよね、素材は何回も生きる。
――2010年当時から、今に繋がる“会話する”オフィスを想定したのですか?
石井:そういう意味ではそうかもしれない。
丹生: ABWの成果として、社員の決断が増えるようです。「この仕事はこの席でしよう」とか「これは会議室で」とか、小さな事だけれども社員が判断する数が増え、何年か経つと成果が出てくると。
石井:意志が入るのは、分かりやすいですね。フリーアドレスの本当の良さって何だろうと考えたのですが、顔を合わせることはもちろん、実際に見ると一人が多いんですよね。皆がいる空間の中で、一人で集中している場面が多い。あの小さな椅子人気なんですよ。
設置後人気の一人掛けスペース 画像:ナカサアンドパートナーズ丹生:一人掛け席は業務に集中でき、ワールドでもとても人気なので、もうちょっと幅の小さいパターンなど、取り扱い易さも含めて開発をしていきます。
――スペースを社員の皆さんが上手に使いこなしていますが、石井社長も使われますか?
石井:自分も使い、よく社員を見て歩きますよ。植栽に水をやったりしています(笑)。
――コロナ後も見据えて、この場を活用したいということがあれば教えて下さい。
石井:コロナ禍で商品展示会を止めていたのですが、この春再開し、この場で行いたいと思っています。そのほかもランチタイムでの活用など、色んな人が集まる発展的なスペースとして、ある意味名所になればいいなと。リニューアルしてから現場の社員からもフランクに「こんなものが欲しい」と要望が出てくるようになりました。
――オフィスに求めるものが変わり、“自分達の場所”という意識が高くなったのですね。
ここは夜もきれいでしょうね。
石井:夜もきれいですよ、オフィスの窓から東京タワーと夜景が目の前に広がる。ぜひ遊びに来て下さい。
画像:ナカサアンドパートナーズプロフィール
株式会社 ナルミヤ・インターナショナル 代表取締役執行役員社長 石井 稔晃
1990年6月(株)ポイント入社、2006年7月 (株)ポイント代表取締役社長、2010年6月(株)ナルミヤ・インターナショナル代表取締役執行役員社長 (現職)。
株式会社ポイント (現 アダストリア)にて、ローリーズファームを立ち上げ社長を歴任。
ナルミヤ・インターナショナルの社長に就任後、従来の百貨店に依存したビジネスモデルからの脱却を掲げ、SC販路とECに着手、マルチチャネル戦略で業績を伸ばし、2018年9月に再上場。
株式会社ワールドプラットフォームサービス プロジェクト責任者 丹生 博之
1987年(株)ワールド入社。神戸本社で装工部に配属。
専門店に向けた店舗設計を経て、1996年には当時駅立地において初となるアパレル業態、渋谷・東急東横「インデックス」を、1998年には編集型大型ストアの先駆け「オペーク」を設計企画。2000年からは新規事業の開発に携わり、現在はクリエイティブ人材のディレクションのほか、ワールドグループのノウハウを活かした外販事業でプロデュースを手掛ける。